みーやんうさぎブログ

みーやんとうさぎの日記

ライフオブパイ感想と連休

今日は、夫が連休初日。新車もまだ来ないし、天気も雨上がりの曇り。

朝食を食べて、散歩に行って映画鑑賞しました。

今日は、連休なので考えられる哲学的な映画にしました。

 

ネタバレと考察します。

まずネタバレから。

パイというあだ名の中年男性に小説家が訪ねてきて話を聞くところから始まりました。

パイというあだ名のインドの少年が主人公で、本人は本名でからかわれるのを回避するために円周率のパイを100以上覚えて、パイというあだ名になるようにしたというエピソードがまずありました。

パイは、宗教に興味を持ってベジタリアンになります。母も宗教を持っていてベジタリアンです。

パイの両親は動物園を経営してましたが、カナダで動物を買い取ってもらって、カナダに移住して別の仕事をすることになったので船で移動します。船では、ベジタリアンの母親が肉が食べられないとコックと喧嘩します。それを見ていた乗客のベジタリアンが母親を肉を入れたスープでも、肉を食べなければスープは肉ではないとたしなめようとします。その夜、船が嵐で遭難してパイと足を怪我したシマウマ、オラウータン、ハイエナ、虎がボードで助かりました。

ハイエナがシマウマを襲ったので、それにオラウータンが怒り、ハイエナはオラウータンも殺してしまいます。そこに、虎がハイエナも殺してしまいます。パイは、虎に食べられないように浮き輪に板を打ち付けてボードとは綱で繋がったところで過ごします。

虎に食べられないように、パイは魚を捕って虎に与え、パイ本人もたべものがなくなって魚を食べます。

パイは何とか虎とコミュニケーションをとって、虎を教諭してボードでのお互いの領域を得ようとします。嵐が来たりで、困難を共にして、虎はパイを襲わなくなりました。

パイは嵐で虎が死ぬかもしれないと思った時に「神よ!私は何もかも失ったのに、虎さえも奪う気ですか?神がいるなら虎を私から奪わないでください!」と叫びました。

結果、パイと虎はベトナム?に漂流して、虎は森に消えていきます。パイは虎とは友達になれず、虎も振り返ることなく森に消えたことにパイは悲しみを覚えました。

保護されたパイに遭難した船の製造元の日本人が訪ねてきて、漂流していたパイに何があったかを問いただしますが、パイが虎と漂流した話を信じません。なので、パイはじゃあ、現実的な話をすれば良いのかと言って「ボードには、ベジタリアンと母親とコックが助かったがベジタリアンが足を骨折していて、コックがベジタリアンの足を切断しないと助からないと言い出して、パイの母親と喧嘩になった。ベジタリアンは足を切断したら死んでしまった。コックはベジタリアンを食べてしまった。そのあと、パイが海ガメを押さえきれず逃してしまったことにコックがパイを殴って、母親がコックを殴って喧嘩になり、母親がパイをボードから救命ボードにのるように言ったので移動したところで母親がコックに殺された。なので、自分もコックを同じ目に合わせるために殺したが、コックは自分のやったことが酷かったと思ったのか抵抗しなかった」というところで終わります。それを、小説家は小説にしたいと言って映画は終わりました。

考察

この映画は、生きることを考えられるというテーマなので、パイはベジタリアンでしたが、生き残るために虎になってコックを食べた?か、魚の餌にして魚を捕って食べて生き延びた。パイは映画で「虎がいたから自分は生き延びた」と語っていたように虎はパイの生きる本能のメタファーで、虎とは友達には結局なれなかった。パイは、漂流後に助けられてからは、ベジタリアンに戻っている。しかし、生きるか死ぬかの時は生き残るために魚を食べた。つまり、生きるとは、円周率のパイがメタファーで割り切れない。割り切れて終るものではない。生きるということは、円周率のパイのように割り切れず永遠に続いていく。それが、生きるということ。理性と本能で割り切れない。

 

ライフオブパイは比較的、短い映画で映像も綺麗なのも良かったです。

おすすめ哲学的映画として、有名なので「少年が虎と漂流する映画?別に興味無いな~」って感じでしたが、観て良かったかな。